俺俺ペディア

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タクシーに乗ってイスラム教徒に質問してみた|シンガポールのムスリムなおっちゃんと私

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どうも俺俺です。摩天楼に囲まれたシンガポールに滞在し、自然と知識欲に飢えていたあの日、私は用事を済ませるためにタクシーに乗りました。そして、行き先を告げてタクシーを走らせました。すると運転席に記載されている運転手カードには、ムハンマド的なミドルネームが書かれていました。「イスラム教徒だ!」そして俺俺は心が躍り出し、運転手さんへの質問攻めタイムが始まったのです。

イスラム教徒に直接色々質問してみた。|宗教観の個体差は激しいからこそ楽しい

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私にはずーっと不思議でならない疑問があったのです。「何故イスラム教徒の人たちは、コーラン(クルアン)経典を燃やされると怒るのだろう?」と。一時期テレビで放送されていましたよね。どこかの国でコーランを燃やされたり、日本でも富山県コーランが破棄されて事件として報道されました。

私には個人的に信仰があります。ですが私としては、仏教の経典たち、般若波羅蜜多心経、聖書、コーラン、モルモン経典など、自分の所属する宗教の中で重要視されている書物が燃やされても私は何とも思えません。重要なのは内容であって、書物そのものに何か重要な意味が存在するように感じていません。燃やされたら、新しいコピーを使えばいいと思えるのです。これは俺俺の個人的な感覚なので悪しからず。

ですので、なおのことイスラム教徒の方に直接質問したかったのです。

とあるタクシーのおっちゃんのイスラム宗教観

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手を上げて停車させたタクシーに乗り込み、行き先を告げて走らせました。そして上述したように、タクシードライバーがイスラム教徒であるような感じがしたので、声を掛けました。

私「おっちゃん、こんにちは。あの、もしかしてイスラム教徒の方ですか?」

おっちゃん「そうだよ。私はマレー系シンガポール人でね。」

私「そうなんですか。イスラムの人とすごい話したかったんです。ちょっと敏感な問題なんですけど、質問しても良いですか?」

おっちゃん「いいよ。どうぞどうぞ。」

私「私も宗教を信じています。でも、自分の宗教の経典を燃やされても何も感じません。でも、最近よく悪い人がコーランを燃やしたり破壊したりしていますよね。そうすると、イスラム教の人と達は怒りをあらわにしている姿が報道されていますが、なぜ怒るのでしょう?

おっちゃん「そうだねぇ。あれをやられると、自分たちが尊重されていないように感じるんだ。なんだか尊厳を踏みにじられたような嫌な感じがするね。」

なるほど。ちょっと私の予想外のおっちゃん反応でした。

私はてっきり、神聖な書物であるコーランを破損する行為はアラーを侮辱する行為であり、それに怒っているのかと思っていました。ところが、このタクシードライバーの場合、おそらくコーランは自分の信仰と自尊心の現れであるようです。なかなかユニークな考えだと感じました。私はそれでも、その侮辱される気持ちは心中お察ししました。

私「なるほど。それじゃあ、怒ってしまうよね。」

おっちゃん「そうなんだよ。」 

 冷静に回答してくれたので、次の疑問をぶつけてみました。

1日の5回のお祈りって大変じゃないかな?

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私の中にため込んでいた2つめの質問は「なぜイスラム教徒は1日に5回祈るのか?」ということです。そういう規範があるのかもしれないし、それだけ敬虔な気持ちを持っているのかと予想して質問してみました。それに、マレーシアでは目覚まし代わりにコーランの大音量放送で目を覚めさせられることがよくあるものでしたので、なおのこと気になっていたのです。

私「おっちゃん、ところでなんで1日に5回もお祈りするの?」

おっちゃん「あー、あれはな。運動なんだよ。

私「運動?」

おっちゃん「そうなんだ。1日に体を動かさないときがあるだろ。そういうのを解消するためにも祈ってるんだ。

 きました。予想を超える斜め上の回答です。私はニヤニヤしてたまりませんでした。

なるほどー、そういう価値観を持つイスラム教徒もいるのかと新発見です。

たまたまこのタクシー・ドライバーがライトなムスリムだったのか、そういう宗派に属するのかわかりませんが、私的に満足な回答を得ることができました。

 

そして快適な会話はちょうど終点に到着するあたりで終わり、私はお金を払って感謝を述べてタクシーを降りました。これだから異文化交流は楽しい。又今度、イスラム教徒に会ったら同じ質問をして見てみたいですね。

 

今回はここまで、

アディオス!

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